[盛和塾] 機関紙マラソン 57号


[盛和塾] 機関紙マラソン 57号

塾長講話[第49回] 引用

人生においても仕事においてもすばらしい結果を生み出すためには、ものの考え方、心のあり方が決定的な役割を果たします。
人を成功に導くものは、愛と誠と調和という言葉であらわされる心です。

「この二年間、皆さん、仕事は非常に上手くやってくれていますが、
果たしてDDIの社風というものがあるのだろうか」と問いかけています。
社風とは、企業文化のことです。さらに言い換えれば、いかなる価値観、判断基準、座標軸を持っているかということです。
私は、「DDIには、まだその社風ができ上がっていないと思います」とも話しました。

企業には見える部分と見えざる部分がある。見える部分というのは、資金、設備、技術、人材、商品、さらには経営者のマネジメント能力まで含みます。
見えざる部分というのは、経営者、社員が共に持つべき思想、あるいはモラルや意識、いわゆる企業文化であり、経営哲学なのです。さらには社員が持っている使命感や意欲、情念、根性、帰属意識、愛社精神、社内のコミュニケーションなどというものが見えざる部分なのです。
経営コンサルタントの方たちは、この見える部分にばかり目がいくわけです。皆さんも、企業経営とは、見える部分が九〇%ぐらいで、一〇%程度が経営哲学や経営理念、いわゆる企業文化と言われるものだろうと、漠然と思っているわけです。
しかし実際には、企業経営というのは、今言った見える部分と見えざる部分が五十対五十くらいの割合で成り立っている、つまりいずれか一方が欠けても経営が成り立たないものなのです。

そのような理念の必要性は、企業のトップに就任して、自分が多くの従業員を養っていかなければならないという重大な責任を負ったときに、初めて感じるものなのです」
「副社長や専務、常務など、会社の重役陣ですら、そういうものが必要だということを感じていないものです。そういう人たちも、結局は雇われ人ですから、そういう価値観ができると、かえって束縛されますし、ご都合主義で生きた方が楽なわけですから、そのようなものは好みません。トップだけが、理念を必要とするのです。だからこそ、創業者といわれるような人たちが、経営理念というものをつくり上げているわけです」

社長であれヒラ社員であれ、お互いに同じように厳しい価値観でなければ、決して普遍性は生まれません。
たとえどんなに素晴らしい哲学をつくり上げても、全社員が共鳴し、共有したいという価値観でない限り、
企業内には定着しませんし、実行もされません。実行されない経営哲学など、絵に描いた餅みたいなもので、何の意味もありません。

社員が一生懸命に働いてくれるということは、そのような勤勉を尊ぶ企業文化というものが、
それぞれの従業員の心に染みわたっていて、自発的に燃え上がり、積極的に行動してくれる風土ができているからなのです。
この企業文化をつくり上げることは、大変な努力を要することなのですが、企業にとっては、それが一番の資産になると思います。

【気付き】

塾長講話49回目なんですが、ふと、この会話を自分が話せと言われたら話せるのか自問自答しました。
たぶんできない。話しなれてないこともありますが、自分の想いや感情や言葉が昇華できてない気がします。
最近、とある経営者さんにお会いして言われたことですが、会社の人材やサービス、会社の取り組みなどについて
話しているときにかなり真剣にずっと話していたようで、自分の興味あったり真剣にずっと考えていることは永遠にマシンガンのように
話できるものなんです。

一方的に長時間話してしまったようなんですが、塾長も塾長講話1時間~1時間30分くらい話されるのも
まさにこれか、と。普段からずっとこのことを考えているからか、と。まだまだです。

経営の研究 京セラ(株) 会長 伊藤謙介

稲盛塾長は二十七歳で京セラを創業されました。調べてみますと、松下幸之助さんは二十三歳で松下電器産業を設立され、本田宗一郎さんは二十二歳で本田技研工業を創業されておられます。また歴史をひもといてみますと、坂本龍馬は三十一歳で薩長同盟を成し遂げ、吉田松陰は二十六歳で松下村塾を開くというように、やはり立派な人物は若くしてすでに偉大なのです。

京都の大手企業が強いのか。京都大手企業とは京セラをはじめ村田製作所、ローム、日本電産などなのですが、それらの企業には、やはり創業者の理念というものが脈々と息づいている、このことしか、私には理由が考えられないのです。

オートバイメーカーが浜松に集中していることから、塾長が「松茸群生論」を説かれたのと同じように、価値観を共有する集団の中からは、次々と人材が育っていきます。理念を共有する集団には磁場があり、その中にいれば、個々人も感化され、高まっていくということだろうと思います。
私は、鹿児島市の加治屋地区をタクシーで回ったことがあるのですけれども、ごくごく狭い地域に、幕末から明治維新をリードした人物が群生しているわけです。

「経営とは、メンタルゲームだ」と塾長がよく言われますけれども、まさにどういう心理状態の集団になるかによって、業績は全く変わってきます。

「松下電器でも松下幸之助さんの話を直接聞いた人は、今はほとんどいらっしゃらない。ましてや東芝やNECなど百年以上も歴史を重ねた企業では望むべくもない。一兆円の売上規模になりながらも、創業者から直接指導を受けられる京セラは、本当に幸せだ」

【気付き】

「松茸群生論」好きな言葉です。

偉大な方がどんどん輩出された地域なんですが、たぶん、最初からビジョンがあったわけではなくて、いろんなことを
語っていくうちに言語化されて自己暗示にもなっていくんだと思います。鹿児島では斉彬さんと久光さんのお家騒動があったから
こそ薩摩は今後どうなっていくのだと強い危機感があって対話が膨らんだはずかと思うんです。
(地元紀州はそんな話ぜんぜん聞きません、御三家でもあって)
何となくなのですが、状況がうまれリアルな解決方法が生まれ、全員巻き込まないと危ないからこそビジョナリーになって回りの人材が
育成されていくのではないのか、などなど。盛和塾もそうなんでしょうか、なども思います。

あと事業センス的なものや経営者視点的なものなども、磨けるように思います。
事業センスや経営者視点の対話を重ねてずっと日々過ごせばうまくいく、
盛和塾もそうなんでしょうし、リクルートだったり、などなど。環境要因に含まれるもの。

<特別企画>切磋琢磨の道場に集う

従業員に愛を。何事も土俵の真ん中で相撲を取れ。

利益は一〇%以上を考えろ。毎年、新しいものを世に送り出せ。そして投資は贅沢に、ケチケチ精神に徹しろ。

技術屋集団になれ。人の意見を聞け。他人の一歩前を歩け。我が社の哲学と品質と信頼のマークを忘れるな。

【気付き】

投資は贅沢に。

人材に関しては特に。社長の権限は人がやっても同じことに注力はしないで、
社長固有の仕事に意識を。常に自分よりも優秀な専門家を他業種から懐刀として迎え入れれる精神と
意思決定を。そしてその懐刀から高速で学びさらに事業投資を。

<特別企画>切磋琢磨の道場に集う

塾長は経営の中で作動する要素として、「理」と「情」をあげられました。
人間が主役になる職場では、おたがいが発する情の深さが問われます。

【気付き】

論語とそろばん。
最終的に勝つのは論語、金勘定はついてくる。

痛い失敗をたくさんしているのでこの感情に関しての理解はすごくすごくわかります、
痛い経験をばねにして立ち直ってきたからこそ、問題を乗り越える力、レジリエンス(自己治癒力)

コンパは、まさにバイブレーション! エムティージー 松下剛

同社のコンパには(一)明日を夢見ること、(二)仲間を賞讃すること、(三)明るく前向きな挑戦をすること、
(四)有言実行の世界をつくり出すこと、という四つの精神が渦巻いています。

私自身が社長が発しているベクトルに合わせるのではなく、同じにする。
一ミクロンも違わないほどにしていかなければならない。そこまで自分の感性を高めたいと思います。
同時に私が受けたことを経営管理部内のみんなに伝え、全員、全同志が仕事をやっていることが、
生き生きとして本当に楽しいと感じられるように、それぞれが光り輝いて”光魂”を体現できるようにしていきたいと思っています。

若武者の出陣風景を見る思いがしたと申し上げましたが、明治維新によって廃藩置県がなされたあと、奈良県の初代知事になった春日潜庵は「人生の劈頭(へきとう) ただひとつのことあり これすなわち志なり」と言っています。スタートを切るときに志を高く持ちえなければ、事は成就しないという意味です。

【気付き】

エムティージー松下さん、前の大和でもインパクトすごく強かった方です。
コンパも熱い!高校野球のような青春のような、こんな会社や仕事できればそれは楽しいし
頑張る気も起きます。エネルギーを注入する松岡修造さんのような、そんな熱いハート大事です。

塾長がコンパ大事言いますが、うちも大事にコンパ飲み会やるものの、
もっとこんな熱い熱いコンパでないとあかんな、と反省です。

あの日あの時 稲盛和夫氏 元・松風工業(株) 人事課長 菊池博様

その頃、稲盛氏は特磁課の主任になっておられました。氏の言い分によると、
特磁課に勤務成績不良でいくら注意しても言うことを聞かない男がおり、退職勧告をしたというのです。
その男は組合に「退職を強要された」と訴え出たので、問題は大きくなってしまいました。

会社は特磁部門を除いて相変わらず青息吐息の状態が続いていました。

【気付き】

松風工業時代の塾長の話は何度となく出てきますが、今の塾長と変わらない部分が多くあります。
それは塾長はちゃんと結果を残してきていることです、ここでも特磁課はいい成績だったとありますが、
いいコトを言うことはすごく大事ですが、強い情熱と粘り強さ、そしてみんなに理解させてやろうと
決意させないといけません。そして実際にやって不備あれば修正し軌道を変えないといけない、などなど、
塾長はこの頃からやっているわけです。

理念も大事、行動も大事、そして実践結果が何より大事。