[盛和塾] 機関紙マラソン 29号


[盛和塾] 機関紙マラソン 29号

塾長理念 <年長者から学ぶ>

自分で人生を歩き始めるということは、羅針盤もない小さな船で大海に漕ぎ出していくようなものです。
ですから私たちが年を重ねていくにつれ、年長者から教わったことを人生の羅針盤として思い出せるような準備だけはしておくべきです。

【気付き】

100年カレンダーを貼っているのですが、100年まではあと61年。振り返ったときに後悔の一切ない人生を、あのときやりきったと言える人生を、後悔最小化フレームワークというものがありますが、80歳になったときに「あのときにあれやっていればよかった」という考えをゼロにするにはどうするのか、という考え方はアマゾンのジェベゾスさんの考え方、このように、羅針盤をもって日々を精一杯生きようと思います。
http://www.clarenet.co.jp/column/blog/archives/9993

塾長理念 京セラフィロソフィの真髄を、初めてひもとく

私のフィロソフィは、私自身が仕事で苦しみ、人生で悩み、真剣に考える中から学び取ったものです。皆さんもまた、遅かれ早かれ、人生で同じような経験をされるだろうと思うのです。

たとえば人生という山を登るのに、どの山に登りたいと思っているかによって、その準備は異なります。低い山に登るのであれば、ハイキングなみの軽装で登れるでしょう。ところが、冬の八甲田山に登ろうと思えば、防寒具の手配から、ビバーグ(露営)をするための準備など、冬山登山のあらゆる装備をしておかないと登れません。ましてやエベレストにでも登ろうと思えば、ロック・クライミング(岩登り)の技術も身につけておかなければいけないでしょう。
ですから、どういう人生を生きるのかによって「考え方」はいろいろある、ということなのです。

私は京セラ創立以来、社員に対して「少しストイックで、少し生真面目で厳しい、そういう生き方をしよう」といい続けてきました。

トップが持つ人生観・哲学・考え方、これがすべてを決めるのです。会社というのは、結局トップの器量、トップの人格に合ったものにしかならないのです。「カニは甲羅に似せて穴を掘る」と言いますが、自分の器以上、人格以上の会社になるはずがありません。会社を立派にし、自分の人生を素晴らしいものにしようと思えば、自分の人間性を高め、人格を磨いていく、それ以外にはありません。

「生きていくには、常に意識して物事をしなさい。無意識にしてはいけない」とおっしゃっています。このことは、経営の場合にも非常に大事なことで、どんな些細なことでも意識を集中して物事を考える、自分で意識をそちらに向ける、つまり「意を注ぎなさい」ということなのです。

【気付き】

少しストイックで少し真面目な人生、毎日ずっとだとしんどいですが、少しくらいは真面目でストイックに生きているように感じます。時に笑い遊びながら、時に真面目に真剣に取り組みながら、サウナのような暑い時間があるから冷えた牛乳が美味しい、そんな真面目さを持っていきたいと思います。特に特に、トップは真面目は大事ですが真面目すぎる堅物は結構部下や周囲に悪影響ということがわかってきました。真面目は大事、その代わり「冗談ばかり言ってこの人は」という部分も実に大事なのではないかと。

塾長が若い頃に比叡山へタクシーで言って暴走族相手にビール瓶もってバトルしたとかさらさらと書いてる機関紙あったんですが、それくらい割と「え?塾長?」というほうがいい気がします。決してそれをしろとかではないんですが、それくらい何かしら人間味あるような部分もしっかり必要な気がします。
思いはもっと誰も共感できるわかりやすい部分大事だなと。

すべてのことに意識を向けると向けることが普通になってきます。
経営の数字や理解、塾長はいつも世のため人のため、考え方、の話をされますが、経営に関しては妥協もなく数字に詳しく厳しいというのを聞いたことがあります。そういった塾長だからこそ、相反する面として理念や考え方の話を重視されているような。

われ虚心に経営を語るⅡ(松尾 隆徳氏)

「この仕事はお客様に必ず喜んでもらえる」という思いがしっかりとありましたから、焦りはありませんでした。「ただ、相手が気付かないだけ、自分が気付かせられないだけだ」という気持ちをずっと抱いていました。

当社がCMに力を入れるようになったのは、その頃、私が「不和不来」(知らなければ来ない)という言葉に出会ったからです。小売店さんやお客様にパールトーンの良さをもっと知っていただくために、どんどん宣伝しなければと思ったのです。

【気付き】

この言葉は実に正しい言葉です。

知ってもらわないとお店に来ない、コミュニケーションや宣伝、広告は広く伝えることを行わないといけないわけで、クレアネットの仕事は「伝えること」を常に意識しています。知らないために損をする、知らないために命を絶つ、知らないために司法試験に不合格なってしまって路頭に迷う。
司法試験6回落ちても大丈夫。26歳まで仕事してなくても大丈夫。そんなことを本当に困っている人には伝えたい、心からそう思ったりしてます。広告の仕事は伝えること。

われ虚心に経営を語るⅡ 松尾隆徳(名古屋 東洋電機 代表取締役社長)

昭和25年は、朝鮮戦争が勃発して日本にも特需が発生、いわゆる「糸へん、金へん」ブームが起きて戦後経済復興の大きなカンフル剤となった年です。

上場を果たすためには、親会社・子会社というふうにあるとお互いに利益操作をしていると感繰られるので、一本化したほう
がいいという指導を受けたのです。

【気付き】

売上80億円、利益4億円
https://profile.yahoo.co.jp/consolidate/6655
東洋電機さんの話です。糸へん、金へんとか「がちゃまん」時代とか歴史の沿革をよく聞きますが、時代の趨勢をしっかり読むことも経営者にはとっても大事。上場過程までに統合するのもよく聞きますが、それまでには子会社でアメーバ式をとったりするのも事実としてサイバーエージェントさんなどのIT系ではあります。最近上場されたオロさんなどもオロ(タイランド)など海外系は子会社になりますが、このへんの事情などもしっかり詳しくなりたいと思います。

あの日あの時 稲盛和夫氏[第20回]

独特の金銭哲学で知られるユダヤ人、中でもユダヤ系弁護士の人使いの悪さは悪名高い。ぼやぼやしていれば、たちまち首である。

耳の悪いエジソンは、誰にも増して音が聞きたかった。「音を聞きたい」エジソンの少年時代からの思いは彼の心の中で強烈な情熱に転化していった。ある日、夫人がピアノを弾いてくれた。だが悲しいことに、ピアノの音が聞こえない。彼はピアノに抱きついた。だが音は聞こえない。頭を押し付け、耳をピアノに押し付けた。それでもよく聞こえない。彼は、ついにピアノの蓋に噛み付いた。驚いたことに、ピアノの音が彼の歯を振るわせ、歯の振動が彼の頭に響き渡ったのである。この時彼は涙を流しながらピアノの蓋を噛み続けた。ついに音を聞いたのである。ニュージャージーの彼の家にあるピアノの蓋には、エジソンの歯型が残っているという。

エジソンは、よく空想した。実験に行き詰ったとき、実験に成功した姿を一瞬の間に頭に描くのである。ビジュアリゼーションである。

【気付き】

エジソンのエピソードなんですが、思いの強さを本当に感じます。
勝負に出るのか出ないのか、もっとやりたいと思うのか思わないのか、自分がどう生きたいのか生きたくないのか、人はそれぞれですし経営者さんも様々。
ただ、耳が聞こえないのに聞きたいと思うように、「もっと会社成長させたい」と思うのも人それぞれ。塾長のような人もいれば、エジソンのような人もいれば、まだまだ私のようなものもいる。ただ言えるのは、「もっと飛躍するには」という考えを持ちながら思考を重ねる方が「周囲も自分も楽しい」のは間違いないと思います。

「2年で3倍に成長するには何の商材開発するか?」
みたいな発想のほうが、やっぱり楽しいことは楽しいです。そんな楽しさを会社で作っていきたいと思います。