[盛和塾] 機関紙マラソン 107号


[盛和塾] 機関紙マラソン 107号

表紙裏

「何回も同じような話を聞いていますが、毎回聞くたびにリフレッシュする気がします」と言う方もおられますが、ほとんどの方は「ああ、それは前に聞きました。もう分かっています」と言うだけで、それを自分のものにしようとしません。
私の話を血肉化し、自分の思想、理念、哲学にまで高めていなければ、それはまだ自分の「考え方」にはなっていないのです。たとえ無意識であっても、その考え方で行動できるようにならなければいけません。

【気付き】

神戸に来た元バルセロナのイニエスタ選手なのですが、プレーが敵味方問わずすごいと、試合した選手はみないいます。ただイニエスタ選手、身長体重走るスピード大したことはほんとなくて、フィジカルも大したことないのですが、とにかくすごいと。

そしてインタビューで質問してもこうあるべき、というセオリーがなくて、勝利に貢献できれば、というような答えをいつもしてます。これ、練習などで染み付いた無意識プレーの集約なんだと思います。

こうきたらこうしよう、ではなく身体がそう動くとか、このタイミングで蹴ろうではなく蹴ってしまってる、ような潜在意識状態、だと思うのです。経営もそれに近くて考えて思考ではなく即答で「こう!」と動くとこまで高める、これ大事。

頭で理屈こねてるうちはまだしっくり来てなくて甘い。

塾長講話 第102回

「人生・仕事の結果考え方×熱意×能力」というものです。つまり、人生の結果、また仕事の結果は、その人が持っている考え方、つまり哲学に、その人が持っている熱意、そしてその人が持っている能力を掛け合わせた値で表されるというふうに考えたわけです。

究極的には、航空運輸事業とは「サービス産業」ではないかと。私は考えています。

お客様が空港にいらっしゃったとき、受付カウンターでどういう対応をするのか。飛行機に搭乗されたとき、キャビン・アテンダントがどういう接遇をするのか。さらには機長がどういう機内アナウンスをするのかということでこそ、航空会社の真価が問われるのではないかと私は思うのです。

【気付き】

サービス業、ととらえるならばお客さんと接するポイントが最も評価であり大切にすべき点、になると思います。言葉遣い1つ、お渡しするおしぼり1つ、webサイトもそうなのですが、対応や接遇など関るポジションはすごく大事。

クレアネットの仕事もwebサービスという認識ですし、仕事上でも、webサイトのおもてなしやユーザーさんへの配慮などをすごく意識します。さらに、自分が配慮できないことをものづくり過程でできるわけないので、いいサービスや快適なサービスはやっぱり目に付きますし、すごいなと感じます。

「盛和塾福島」開塾までの道のり 下村満子

曽祖父は、後に日本で最初の株式会社を作ったと言われています。(参考『最初に株式会社を創った人たち』氏家麻夫著)

盛和塾は、経営者が業界利益、利得、権益を求めて集まっている団体ではない。

稲盛塾長のフィロソフィを学びたいという自発的な個人の経営者の集まり

盛和塾に入塾すれば、すぐに商売に利用できるとか、取引に結び付くなどと考える人は、失望するので、入らないほうがいい。

売上のみならず、利益率を着実に安定的に伸ばし、結果を出している経営者。しかも謙虚にして驕らない人である。

福島開塾を振り返って 世話人座談会

義援金も本当にありがたい。しかし本当に必要なものは、仕事であり売上です。売上があれば雇用ができます。収入があれば自分の足で歩んで行けます。復興は自分達の手で進めていけます。

塾生たちの被災体験 開塾式交流勉強会より

今は売掛金の確定と買掛金の確定に急いでいます。まずは財務状況を明らかにしようということで、請求書もすべて発行しました。お客さまがいらっしゃらないことは百も承知で、旧住所に請求書を送っています。

【気付き】

震災後少し経ってから東北を訪問しましたが、そのときの被害には絶句でした。
何とも言えない気持ちと今自分にできることは何か、を真剣に考えました。

座談会でもありますが、「仕事のお礼は仕事」というように、仕事を作ればお金が生まれますしそうなると雇用も生まれます、経営者や事業家の本質はここです。あと初めて読んだときに、売掛金確定のくだりもびっくりしたのを覚えていますが、今は「当たり前」感にもなっています。数字確定、と請求焦げ付きならそれでみないと回収もできないですので。

「仕事のお礼は仕事で返す」

そんな気持ちで仕事に真摯に取り組みたいと思います。
今の仕事が遠い東北の復興に繋がる、ボランティアも大事ですが本質ではない。仕事を通じて仕事で恩を報恩で返す。

われ虚心に経営を語る 武藤元美

自分自身、全従業員のために、誰にも負けない努力をする覚悟はあったのか?
経営者としてど真剣に経営とは何かを問うことをやってきたのか?
素直な心で正しきことを思い、恨みや妬みを抱いたことがなかったか?
卑怯な振るまいがなかったか?

「誠に申し訳なかった。今まで君にはたいへん厳しいことばかりいってきた。傲慢であったかもしれない。申し訳なかった」と心から詫びてみると、部下は感激し、自分こそ悪かったのだと改心して働いてくれるようになった。

【気付き】

前に大阪に来られていました武藤社長。

情報系なので親和性を感じたのと、AI、情報、システム、などは今後もまだまだ市場価値は高まるので、どういう今後のビジョンなどあるのか、なども興味深く聞いた記憶があります。もう5年くらい前だと。

人の問題は技術ある人は個人でやればいいじゃないか、の世界なので、このへんも強くわかります。そうなると技術で管理、意思決定で拘束、よりも意思決定権者の弱い集合性ギルドがいいなと思っていて、それぞれ分権させることが、各メンバーの生きる道ではないかと。

たとえば、大阪、東京、福岡、に支社があれば支社長権限でそれぞれアメーバ、本社はややこしい内容の事項(法的問題、人事、広告など)の裏方に徹しつつ、それぞれ中核人材を育成していくことで多少異なっても文化がある程度共通でと統一性が出る、というもの。

それぞれでアメーバ、そしてフィロソフィで共通事項はまとめる。
僅か100人満たない会社でもそんな感じにしないと、時期と共に成長が止まるか、時流に乗れなくなるか。中核人材の育成が最後は絶対的にカギ。痛感してます。

経営体験発表、その後[] 小原繁

現地の教育を含めた人的管理が、最もむずかしいことだと思います。現地のマネージャーはしっかりした人をいれなければなりません。

一人でやるべきだったということを勉強しました。私は他人のふんどしで相撲をとって、頼ってしまったわけです。失敗しても最初から自分ひとりでやっていたのならば、仕方がないと思えます。そのときは、自分の夢を他人の力で実現しようとしました。そこが駄目なところだったと思います。

経営理念を「農水産物の可能性を追求」に変えたことで、こんにゃくの商品もその可能性を追求しようということになりました。

【気付き】

人の管理、ですが、難しいです。

運動神経、体力、精神力、必要です。無理な人はすぐギブアップします。
基本管理がうまくいかないので、イレギュラー対応ばかりですし、まともな仕事以外の仕事だから上司の仕事、という感覚です。

特に現地教育などその極み。

経営やってずっとずっと管理、上司やっていると部下の成長成果なので、成長機会になるかもと思っての行動など基本何もなりませんし、見て盗むで仕事しないと上の人なんか務まりません。下は別で、1年目の新人をいかにして生産性あげるように段取り組めるか、は上司の仕事。

こんな感覚になるのは時間かかるのと、部下としてはまあ使えても上司になったらあかん、その逆というのも多々あります。だから難しい。

第61回 あの日あの時稲盛和夫氏

「今日はどんなことがあったのか」という質問から始まって、私の答えに「それはこうしたほうがいい」とか、「それはおかしい」というアドバイスをされたように思います。

自分がこうあるべきだと思うことと、その物事の本来あるべき姿というのは違うのです。普通は、そのことに対する反省がないわけです。そのことを、稲盛さんに教えていただいたわけですが、私にとってものすごい衝撃でした。

【気付き】

上西さんは時おり冊子に出てこられます。

記載のように気付くのは本当に難しい、大失敗、という反省がないと気付けない、そして素直でないと大失敗を他人の責任にするのも事実です。

リクルート作った江副さんが「悔し涙の経験」を面談で聞くそうですが、これはすごくわかります。本当に辛酸を舐めないと絶対に変わらない、そして辛酸に至るまでには長い努力と情熱がないと反省にもならない。

ぬるま湯どっぷり浸かって生きてきた経歴はすぐ見抜けます。上西さんも塾長に叱られて記載では衝撃だったというのはあるのですが、本当にそんなものです。私も同じような経験は多々あります。

となると、人をみた上で上司は「しっかり辛酸を舐める機会を作る」ことも長い目では実に大事、と思います。