『総理』~山口 敬之さんを読みふける

■ 『総理』~山口 敬之さん

普段総理大臣はテレビや新聞などのメディアを通じて接する機会があるだけで、その人格や考えだったり、考えて行動するに至る原理原則や経験はほぼ見えてきません。時おり出てくるのは演説の一部分だけを切り抜いてあたかもその部分が問題であるかのような、編集や報道によって伝えたい意図が異なるように見える、ということがよくありますし、これはこれで原文にあたって確認しつつ批判的に読み解くしかないのですが、その中でもこの『総理』~山口敬之さんの本は今まで見たことない本でした。

山口さんはジャーナリストですが、ジャーナリストは政治や政策に対して意見を述べることもできますし、ペンを持って武器として戦うこともできます。対して政治家は意見を述べ、政策を実行することができますが、その政策に関しての責任は全部ついて回ってきます。人の行動結果を責任ない立場で述べるのは楽ですが、あまりその意見を聞いてそうだそうだと納得しずらいこともよくあります。全ての批評家があかんといわけではないんですが。

山口さんは安倍首相と首相以前から親しくしている仲であり、文中に出てくる麻生さん、中川さん、菅さん、小泉さんなどの政治の世界の重鎮と本当にやり取りのできる仲で、文中には中川昭一さんが亡くなった後に戒名をつける場面が出てきますが、その戒名を決めるまでの様子をここまで人間関係の力加減や性格を意識して表現できる人はまずいないはず、描写もそうですが、思慮深く洞察が鋭いのに誰か一方を貶めるわけでもなくて読んでいてすごく引き込まれていくような文章。

安倍首相と麻生大臣が中心になって話が進みますが、単なる「アベ政治を許さない」という掛け声で何をどのように変えるべきか明確には伝わってこない批判よりも、現在の日本の立ち位置や歴史から政治をどのように導くのか正に大志や政治の大局を考えることができる人は数少ない、とこの本では伝えているような気がします。安倍首相が内閣辞職してからの現在進行形での話ですが、まだ現在も政治の世界におり継続している内閣の話をジャーナリストがここまで事細かく書いている本は記憶にありません。

なので、すべてを公開できずに名前を隠している箇所いくつかありますが、数年前、数十年前なのであのときの記憶と情報を元に読めばたぶん「あれ」かなと考えることのできる部分があります。すべての名前を出すのは政権にとってもよくないなどの配慮でしょうが、随所に出てくる「不義理はしない」という筋を通したやり方は本書の趣旨でもあるように思います。麻生さんが谷垣さんを総裁選で押すシーンなどです。

最後に原稿用紙355枚書きおろし、と書いてますが、これは読書の秋に最適とかぬるいことではなくて、久しぶりにすごい本に出会った気がします。ジャーナリスト以外の仕事でも現場に行き、話を聞き、人に会い、自分の目で見て感じたことが最も説得力が生まれます、さらに、その経験蓄積によって判断力が磨かれます、この本はその蓄積が圧倒的なんです。

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