他者評価で見る経営者

トイレの落書きを気にしても仕方ない。
そんなもの気にするなら雑音捨てて孤独のほうがまし。

強い批判を浴びてきたからこそ言える言葉。

少し前ですが、とある勉強会でとある社長さんが来られるというので行って来たのですが、この社長さんの元でスタッフとして働いていた取引先さんに話をすると「社長の下で仕事したのは5年ぶりくらい前の話、せっかく大阪に来るのなら是非参加したい!」とのことで招待しましたが、久しぶりに会えたことと昔と変わらない熱い方との事で非常に喜んでおりました。

話を聞きながら立派な経営をしている方なので、同じく熱い方だという部分と、しっかり戦略や土台を考えておられてすごいなとしみじみ学びを得ていたのですが、何気なくこんなことも考えたわけです。会社を辞めるスタッフはいますし、採用を行っていく以上今後も必ず会社を訳あって離れるスタッフも出てくるのですが、自分の場合はどうか?と。
弊社を退職したスタッフの立場で、私が何かの講演をする際に「もう一度社長に会いたい」と何人のものが言ってくれるのか、言えるだけの関係性をしっかり築けているのか、それほど慕ってもらえる理由が明確にあるのかないのか、それほど人を魅了できているのか。
教育課程における、厳しい先生などは時が立てば立つほどあのときに本気で怒ってもらえた事に感謝の気持ちしか出てこないですし、今その先生に会えばあのときの若気の至りを改めてお詫びしたい気持ちになります。そして先生の活躍や、母校の活躍などを聞けば心から嬉しいですし応援したくなる気持ちにもなりますが、うちの会社はそういった組織足りえているのか?

そう考えるともっともっと心を高める、経営を伸ばす、人として成長する、まだまだ足りない。それは経営だけでいいものでもなく、勘定だけでいいものでもなく、叱るだけでももちろん駄目。まだ足りない。

他人の評価を1つ1つ気にしても成果は生まれません、だからこそ結果として辞めた社員も「一緒に仕事できた期間は本当に感謝してる」と思ってもらえるような仕事や組織にしないと。というのは目標足りえる気がします。

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